交通事故の被害者となった場合、相手に対してどのような請求ができるのか、つまり相手にどのような責任を追及できるのか知っておくことは大切です。
加害者が負うべき責任は次の3つに分かれ、それぞれは独立しています。
1.刑事上の責任
2.行政上の責任
3.民事上の責任
それぞれの責任が独立しているとは、例えば刑事上の責任がない(責任はあるが刑事罰を問わない)としても、行政上の責任や民事上の責任には影響を与えないという意味です。
つまり、加害者は3つの責任の全てを果たさないと、事故の責任を果たしたとは言えません。
先に説明しておくと、被害者が追求できるのは民事上の責任(損害賠償責任)だけです。
ところが、誰が誰に対して請求できるのかは、加害者と被害者という当事者だけに収まらず、交通事故の事例によって異なってきますから、その点を先に把握しておきましょう。
誰が請求できるのか?
もちろん被害者が請求できます。
交通事故では当事者双方が被害を受けていることも多く、被害者になる人は一般的に不注意(過失)の少ない側とされ、過失割合の小さい方を被害者と呼びます。
したがって、被害者であっても過失があれば加害者でもあるのですが、その場合でも過失の大きい側を事故における加害者と考えて間違いありません。
ただし、歩行者の不注意で車と接触した事故のように、歩行者に過失があっても、損害の大きさから歩行者が被害者と呼ばれるので、加害者・被害者の区分けは実にあいまいです。
自分の過失割合が小さくても、相手の損害額が大きければ、被害者なのにお金を支払わなくてはならないケースもあり、加害者と被害者の関係は金銭面とは別です。
ここでは、お金を支払う側を加害者、お金を受け取る側を被害者として考えます。
被害者が請求できるのは当然として、被害者以外にも請求できるとすれば次の通りです。
・被害者が未成年者:親
・被害者が成年被後見人:成年後見人
・被害者が死亡:相続人(事情によって内縁関係者)
・被害者が請求できない状況:配偶者、父母、子
誰が請求できるのか?
もちろん加害者に請求できます。
被害者と加害者の区分けは、既に説明したとおり不明瞭ですが、ここではお金を支払わなくてはならない側を加害者として考え、加害者本人以外に請求できるとすれば次の通りです。
・加害者が他人の車を運転:車の所有者
・加害者が未成年:親に請求できるケースもある
・加害者が業務に従事中:使用者(会社など)
・加害者が死亡:遺族(相続人)
なお、加害者が加入する任意保険会社に対しても、被害者は直接請求することが可能です。
一般には加害者の同意なく保険会社が支払うことはないように思われていますが、実は被害者が保険会社に直接請求し、加害者の同意なく保険会社が支払うことも認められています。
(その場合は加害者に損害賠償請求しないことを書面で承諾しなくてはなりません)
1.刑事上の責任
人身事故や一部の物損事故(建造物損壊)に対しては、刑事上の責任が発生します。
危険運転が社会問題になってから、これまで刑法で規定されていた危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪は、自動車運転死傷行為処罰法に移行しました。
刑事上の責任は、事故に至るまでの過失の大きさや、被害者に与えた死傷の程度によって変わり、軽傷と死亡事故は同等に扱われませんし、飲酒や危険ドラッグの影響があれば罪が重くなるのは容易に理解できるでしょう。
他にも道路交通法や刑法による処罰もあり、事故によって刑事罰は変わってきます。
いずれにしても、警察が事故を調査して検察に送検し、検察官が起訴するかどうかを決める流れですから、被害者が刑事罰を追求することは不可能です。
もし不起訴になった場合は、検察審査会という機関に対し、不服を申し立てることが可能です。
「不起訴への不服申立て」で詳しく解説していますのでご覧ください。
なお、警察が事故の当事者に行う供述調書には、被害者として厳罰を求める意向を示せますが、それによって加害者が本来果たすべき刑事責任が増すことは望めません。
逆に寛大な処置を求める意向を示すと、ある程度は減刑に効果があると考えられています。
2.行政上の責任
行政上の責任とは、いわゆる免許取消しや免許停止など免許に関する処分を受けることです。
違反や事故による行政処分は、事故を起こした状況の違反の程度、損害を与えた程度によって異なる点数が設けられ、累積した点数で処分内容が決まります。
交通事故の被害者が、加害者の行政処分まで知る必要はないと思いますが、人身事故の場合、加害者がスピード違反や信号無視等をしていなくても、安全義務違反として2点、加えて軽傷で治療期間が15日未満なら2点(専ら加害者の不注意ではない場合)の計4点が最小です。
直近が無事故無違反なら4点では免許停止になりませんが、大抵の人身事故では何らかの交通違反を伴っていることが多く、6点以上になって免許停止は免れないでしょう。
最高については、運転殺人(故意に轢いて死亡させた)の62点を筆頭に、危険な運転ほど点数が重く、免許取消しで何年も免許を取得できなくなります。
ちなみに死亡事故の最小点数は、安全義務違反2点+死亡事故13点(専ら加害者の不注意ではない場合)の計15点になり、免許取消し対象です。
3.民事上の責任
民事上の責任は、他人に損害を与えた不法行為に対する損害賠償責任です。
加害者は被害者に対して、その損害を賠償する責任を負うのは当然ですが、被害者であっても過失により加害者に与えた損害があれば、損害賠償責任を負います。
しかしながら、加害者と被害者がお互いにお互いの損害を全て賠償するのは無駄が多いので、相手の損害額に対し自分の過失分だけを賠償する過失相殺が行われます。
もちろん、加害者に10割の過失があれば、相殺するべき過失がなく過失相殺は行われません。
加害者が負うべき損害賠償は、人身事故なら傷害、死亡、後遺障害によって金額が変わりますし、車などに損害があれば物損の賠償も発生します。
・傷害の場合
治療費、入院費、治療のための交通費など、治療関係の費用は全て請求でき、他にも、慰謝料や休業による収入減少(休業損害)があれば請求できます。
・死亡の場合
葬儀・法要費、死亡に至るまでの治療費等、慰謝料の他、死亡しなければ将来得られたであろう利益(逸失利益)を請求できます。
・後遺障害の場合
後遺障害が認定されるまでの治療費等、慰謝料、事故にあわなければ将来得られたであろう利益(ただし労働能力の喪失分)を請求できます。
民事上の責任は、被害者が受けた損害を賠償する目的なので、損害以上の不当な請求はできず、損害額の算定にも一定の基準があります。
もちろん、加害者が謝罪の気持ちとして、損害賠償とは別に金銭を渡してくることは考えられますが、そうでなければある程度は決められた損害額が支払われます。
事故の被害者としては、受けなくても良い損害を事故で受けているので、怒りのあまり無制限に賠償を受けたい気持ちがあっても不思議ではありません。
しかしながら、損害賠償とはそういった心情とは別のところにあると心しておきましょう。
加害者の責任は被害者の対応によっても変わる
被害者が直接加害者の責任を追及できるとしたら、民事上の責任に限られており、刑事罰を重くしたり行政処分を重くしたりすることはできないと説明しました。
これはある意味では当然で、加害者の行為とその結果に対して公平に裁かれるからです。
しかし、逆に被害者側から加害者の責任を軽減できるように働きかけることは可能で、それは示談交渉の進み具合と、嘆願書による陳情です。
まず示談ですが、交通事故では事故の事実を裁判で争うことは少なく、加害者は事故とその過失を認めた上で、裁判官が下す量刑に焦点があてられます。
その際、被害者との示談が成立していると、減刑されやすいと言われています。
これは、損害を与えた被害者に誠心誠意対応することが、事故に対する反省を示す1つの行動と捉えられているからで、他人に被害を与えた上に、被害者と民事でトラブルになるような加害者は、減刑するような情状酌量の余地も無いという考えに基づいています。
ですから、加害者は示談を急ぎたがる傾向にありますが、被害者としてはきちんと治療して損害が確定してから示談に臨むべきで、早急な示談は加害者都合だと思いましょう。
次に嘆願書ですが、被害者から加害者の厳罰を求めないという要旨で作成します。
嘆願書があると、量刑に大きく影響すると言われているので、もし加害者を許す気持ちがあるなら、嘆願書を書いてあげることを考慮しても良いかもしれません。
嘆願書については、「嘆願書の書き方とその影響」で詳しく解説しています。