労災保険(労働災害補償保険)を使ったことがある人は意外と少ないかもしれません。

業務中はもちろん、通勤中の事故でも労災保険は適用される保険で、保険料は会社負担です。

労災保険は、従業員を1人でも雇っていれば、原則的には加入義務がある(農林水産業の一部を除く)保険なので、ほぼ間違いなく加入対象です。

自分で保険料を支払っていないので、労災保険を使えることすら知らない人が多く、会社側から労災保険を使うように言われなければ、健康保険を使ってしまうでしょう。

ところが、業務中や通勤中の事故は労災保険の対象なので、むしろ健康保険は使えず、安易に健康保険を使って治療してはなりません。

労災保険でも健康保険でも治療できるのではなく、保険を使うとしたら、業務中の事故は労災保険でしか治療を受けられないのです。

労災保険における労働者とは雇用形態を問わないので、正社員、契約社員、派遣社員(派遣元での適用)、パート、アルバイト、日雇い、嘱託など全てが対象です。

逆に業務中や通勤中で労災適用できない方が少ないので、労災保険を使用しましょう。

労災保険と健康保険の違い

労災保険 健康保険
補償対象 業務中と通勤中の傷病等

個人事業主や一定の役員等は適用外(特別加入制度あり)

業務以外の傷病・出産等

全員加入が前提

保険者 政府管掌 協会けんぽ、健保組合、自治体
自己負担 なし(通勤災害では200円) 3割
保険料 事業主負担 加入者負担
診療報酬点数単価 1点12円 1点10円
休業補償 給料基礎日額の80%(20%の特別支給金を含む) 標準報酬日額の3分の2(傷病手当金)

交通事故の被害者にとって大きいとすれば、労災保険の適用で自己負担がなくなる点です。

治療費が立て替え払いになるとき、健康保険を使っても3割負担は残りますが、労災保険なら全額保険で支払えます。

繰り返しになりますが、労災保険と健康保険は互いを補完しているので、どちらかを自由に選択するのではなく、どのような状況で事故に遭ったかで必然的に決まります。

もちろん、保険を使うかどうかは被害者側で決められるので、業務中や通勤中の事故だからといって、労災保険で治療する義務はありませんが、健康保険は使えないと覚えておきましょう。

労災保険と自動車保険の関係

労災保険の利用は、治療する人の選択になるため、労災保険を使わず自由診療で治療して、加害者の自動車保険(自賠責保険や任意保険)に請求することも可能です。

しかし、労災保険からの給付と自動車保険からの支払いを両方受けることはできません。

したがって、両方選べるなら労災保険と自動車保険(自賠責保険や任意保険)を比べて、補償の大きい方(損害額が大きくなる方)を選ぶべきでしょう。

治療開始時には自賠責保険からの賠償なので、労災保険と自賠責保険と比べてみます。

  労災保険 自賠責保険
治療費 実費請求 実費請求、労災保険よりも適用範囲が広い
休業損害 賃金の80%(20%の特別支給金を含む) 賃金の100%(上限あり)
慰謝料 なし 治療日数×固定額

自賠責保険と労災保険では、自賠責保険の方が手厚く、それは慰謝料と休業損害(補償)に対する制度の違いが原因です。

ただし、自賠責保険のケガに対する補償は120万円を限度としますので、先に自賠責保険に請求しても、ケガが大きければすぐに限度額を超えてしまいます。

自賠責保険の限度額を超えると、今度は任意保険と労災保険を比べるのですが、任意保険の支払い基準は保険会社で異なっても、自賠責保険を下回ることはありません。
(自賠責保険基準から僅かに多い額で提示されることが多いようです)

しかも、示談が成立せず裁判になると基準にされる弁護士会基準では、任意保険会社が提示する賠償額よりもはるかに高額です。

結局は、労災保険を使うメリットが無いように思えますが、場合によっては労災保険の方が優れているのでケースバイケースでしょう。

例えば、被害者にも過失がある場合、労災保険を使わない=自由診療なので、過失分は自己負担になることから、治療費を抑える目的で労災保険を使うのは有効です。

また、加害者が任意保険に加入していない又は無保険の場合には、加害者の自賠責保険や政府保障事業で支払いを受けますので、限度額を超えないように労災保険を使う方が適しています。

会社から健康保険での治療を言われたら

まず、交通事故が業務中や通勤中に起こった場合には、健康保険を使う理由がありません。

労災保険を使えるのに健康保険を使う選択はあり得ず、完全に違法行為になります。

なぜかというと、労災保険で支払われるべき給付が健康保険でされるため、健康保険からの不正受給に相当してしまうからです。

労働災害だと知りながら隠蔽して、労働災害に対応していない健康保険から給付を受ける行為は、「労災隠し」とも呼ばれますが、労災隠しに加担しないようにしましょう。

労働者が業務上で負傷したり疾病にかかったりした場合、使用者は療養の費用を負担しなければならないと労働基準法で定められています。

しかし、治療費の全てを会社負担にするのは経営を圧迫してしまうので、労働災害に備える目的で労災保険があり、ほぼ強制加入になっています。

法律上は、労災保険を利用しなければならないとは規定されていないので、労災保険を使わなくても治療費の全額を会社が負担すれば適法です。

・労働者の健康保険で治療した→違法
・労働者の健康保険で治療して3割を会社が負担した→違法
・労働者の健康保険を使わず会社が全額負担した→適法

適法に全額負担をするくらいなら、普通は保険料を支払っている労災保険を使います。

要するに、労災保険は会社の負担を抑えるためでもあるのですが、それでも健康保険を使うように言われるのはなぜでしょうか?

この点については、「会社が労災保険を使わせてくれない理由」で詳しく説明しているので、興味があれば読んでみてください。

理由はともかく、健康保険を使うのは違法だと主張して、認めなければ労働基準監督署に行くか、会社とのトラブルを避けるなら、全額会社負担での治療を受け入れる選択もあります。

治療後を考えると後者の方が現実的とはいえ、ケガが大きいときは、休業補償等も含め労災保険で受けられる全ての給付を、会社が満額で支払ってくれる場合だけにしましょう。

労災保険による受診時の注意点

労災保険で所定の手続きをすれば、治療費の請求は病院から労災保険にされます。

労災保険では自己負担もないので、被害者は治療に専念することができて便利です。

交通事故直後に、救急車で運ばれてしまう場合を除き、労災保険での受診時に注意しなくてはならない点がいくつかあります。

・労災指定病院で受診する
・労災による受診だと伝える
・労災書類の提出が必要
・労災書類を提出するまでの費用について

労災では、やむを得ない場合を除き、労災指定病院での治療が原則です。

地域の労災指定病院がわからなければ、インターネットで検索できるので調べてみましょう。

厚生労働省:労災保険指定医療機関検索

労災指定病院以外で受診した場合は、一度治療費の全額を負担してから、労災保険に請求する流れになります。全額負担は大変なので、早めに労災指定病院へ転院する方が無難です。

また、最初に労災による受診だと伝えなければ、病院側は労災だとわかりません。

ましてや、健康保険証を提示してしまうと、健康保険での診療を希望する意思表示になります。

病院側でも、労災で健康保険を使う違法性は知っているので、最初に「どうされました?」などと聞いてきますから、労災であることを伝えればそれで大丈夫です。

必要な労災関係の書類と、誤って健康保険を使ってしまった場合については、「労災保険の必要書類と健康保険からの切り替え」をご覧ください。